No.213 世界的なテレビの潮流が示すもの

2020年2月号掲載

多チャンネル放送誕生で富裕層限定サービスが数百円に

考えてみたら、この雑誌はニューメディアの雑誌だった。なのに、社会時評が多いので、基本にかえって「テレビとはなにか?」を考えたい。
わたしが、多チャンネル放送に関わったのは、1989年の11月。当時、私は東北新社でCMのプロダクションマネージャーをやっていたのだが、東北新社オーナーである植村伴次郎さんが「わたしはテレビ局をつくります」と宣言され、「衛星放送推進室」を設置した。そこの第1期社員として転属になったのがきっかけだ。
1992年4月に三菱商事の通信衛星「スーパーバード」を使ったアナログ多チャンネル衛星配信を推進するための部署だった。
当時、東北新社が持っていたチャンネルは2つ。ひとつは「スーパーチャンネル」(現在のスーパー!ドラマTV)と洋画の「スター・チャンネル」。1988年から地道にカセットテープを利用し、地方ケーブルテレビで放送をしていたものを衛星にのせかえる壮大な計画だった。
画期的だったのは、「CNN」が見られることだった。イランイラク戦争をキッカケにニーズは高かったが、富裕層が専用回線をいれて高額な放送料金を支払わないと見られなかった。月に数十万円もしたのが、数百円になった。これは画期的だった。その陰にはSF作家のアーサー・C・クラークが考えた地上から3万6,000km上空の静止軌道に衛星を上げるという画期的なアイデアがあった。ただ、それが放送法に抵触し、泥沼の事態に遭遇するのは後の話である。
ともかく、一度専門チャンネル、多チャンネル放送の味を覚えたテレビ業界は、1996年に商社連合の「パーフェクTV!」としてデジタル多チャンネル放送が開始された。数十チャンネルから数百まで選択肢が広がった。そこへディレクTVとマードック率いるJスカイBの三つ巴の戦いになった(のちにスカパー!一社にすべて統合)。一方、地上戦に目を向けると、アメリカと違い日本のケーブルテレビ業界は地域免許が仇となり、経営スケールの小さなものになった。MSOが普及する前にインターネット時代がきてしまったのだ。

Netfl ix成功の秘訣はサンフランシスコ的感覚

インターネットの出現とともに地上波も含めテレビは衰退していくことになる。一方で、テレビの概念はテレビ受信機からインターネット端末に変わっていき続けている。概念としてのテレビはなくならないどころか益々多くのニーズをつかんでいる。小・中学生がYouTuberになりたいというのも、20世紀の子どもたちが歌手になりたいと言っていたのと変わりはない。
現在テレビと言えば、「Netflix」「Amazonプライムビデオ」「Hulu」、そして「YouTube」を指す。最近ではアップルが「Apple TV+」を始めた。「Netflix」の成功をその“グロースハック”(ネットの分析手法)によるものとする意見もあるが、もっと大事なことがある。当たり前だが、“世界の空気を読んでいる”ことだ。ここが成功の秘訣だと思う。
具体的にいうと“反ハリウッド”なのである。それはハリウッドに反抗しているのではなく、ハリウッド的な空気を排除している点にある。いつも白人が勝ち、女性はセクシーな役ができないと姿を消すハリウッドではない。「Netflix」のドラマは、ダイバーシティが原則だ。アジア人のいじめっ子もいれば、括弧付きでないレズビアンの経営者も登場する。つまりサンフランシスコ的なのだ。この感覚が大事なんだ。
日本のドラマは、いつも同期の男女がある会社に入社すると、女性が男性を陰ながら支える役回りになる。ちょっと頑張っても総務部のヒーローくらいの扱いだ。これではダイバーシティも#MeTooもあったもんじゃない。
いつの時代もマーケッターの勝利は、時代のアップデート感覚がキーになる。


福田 淳 FUKUDA ATSUSHI
ブランド・コンサルタント
http://tabloid-007.com @fukudadesuga

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