No.204 第四の目

2019年5月号掲載

皮肉と事実をないまぜに描く『バイス』

民主主義国家の基本は三権分立であり、その上に憲法が歴然と存在する。憲法は国民を主体として成り立っているものだ。
ブッシュ大統領の時代に副大統領として隠然たる権力を誇ったチェイニー副大統領を題材にしたシリアスコメディ映画『バイス』を観た。
チェイニーは、どうしようもないブッシュJr.から副大統領職を依頼され、大手石油会社のC E Oをしていたのに転職した。そしてその後、今ではアメリカ国民の2/3がその妥当性を信じていないイラク戦争をでっち上げ、多くのアメリカの若者とイラクの民間人を犠牲にした。
彼が就任の条件として、従来のお飾りの副大統領(劇中では、大統領が死ぬのを待つポジションと表現)ではなく、完全に大統領を操る権限の委譲を要求し、その全てが承認される。もともと、ブッシュJr.も政治を通じて国民生活を良くすることよりも、父親に認められたいという幼稚な動機で大統領になったと言われている。
さて、チェイニーは、ニクソンの失敗から学び、まず副大統領とはどんな権限があって、何の権限がないのか若く有能な弁護士に見解をただす。大統領と違って議会から制約もなく、大統領から委託されたら、もしかしたら行政執行において大統領以上の権限を得ることができることを発見させた。ただし、この憲法委譲の大幅な権限は、“有事の時のみ”実行できることが条件だ。このことから、証拠もないのにイラクを敵国とみなし、有事であるという状況を作り出して、国民のプライバシー情報(ネット、電話など)を許可なく閲覧できるようにし、容疑者への禁じられた拷問を行なった。
アメリカ最大の権力者となった副大統領チェイニーの末路は? この映画は、フィクションではない。監督も長寿コメディT Vシリーズ『サタデーナイトライブ』出身だけに、皮肉と事実をないまぜに描く。その手法は真実が何かということにこだわらず、観客に考えさせ、リアリティを感じさせる。こんなふうに政治は民衆を欺いているんだろうなと思わせる。
議会も国民も彼の権力を封じることはできない。ニクソンが盗聴程度で辞めた歴史は今や昔の出来事なのである。架空の敵を作り出し、数十万単位の人々を死に追いやり、敵対する政治家や国民の情報を完全に合法に盗聴している。

記者魂ある人は締め出される日本

チェイニーは、いまだに78歳で在命しており、引退生活を楽しんでいるという。
しかし、生々しい描写が連続する本作はフィクションと銘打っており、チェイニーやその関係者が、この映画の公開差し止めに動いたという報道を聞かない。そこに、アメリカのマスメディアの健全さが残っているのかもしれない。日本のように権力者べったりで、記者魂ある人は記者クラブから締め出され、報道の自由もない。東京新聞の望月衣塑子記者などは、菅官房長官の定例会見からほぼ無視されたかたちで虐げられているが、こんなにたくさんのマスコミの中で逆らっているのが、たった一人とは日本のマスコミも落ちぶれたものだ。大本営発表の時代から一切進歩していない。
ブッシュ=チェイニーの悪巧みコンビの時に、「FOXニュース」が完全に政府御用達メディアとなり、米国の右傾化に拍車をかけた。一旦、編み出された悪い手法は、現在のトランプも喜んで活用しており、なんでも「有事だから」とか「フェイク」だといって、好き勝手な法案や特定のマスコミ排除に余念がない。CNNがホワイトハウスから出入り禁止になったが、さすがに最高裁判所が解除した。安倍首相は、3回も「自分は立法府(国会)の長」と発言しているが、ある意味ではチェイニーと似たり寄ったりの考え方をしているのかもしれない。恐ろしいことである。
この映画『バイス』は、世界の右傾化、極端な主権(国民)侵害について考え直してみる良い機会かもしれない。ちなみに、バイスとは副大統領の“副”という意味と“悪い奴”という意味もある。


福田 淳 FUKUDA ATSUSHI
ブランド・コンサルタント
http://tabloid-007.com @fukudadesuga

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