No.196 デザイン経営の果て

2018年9月号掲載

仕事はどこでもできる

日本の連続起業家、孫泰蔵(※)さんが、すべての社員をクビにし、オフィスを潰した。これだけ聞くと、会社の倒産のようだが、真意はまったく別のところにある。働き方改革の究極は個人が会社と対等の関係にすることなのではないか、という問題提起からのことなのである。満員電車に乗って、奴隷船のような思いでオフィスにいき、無意識でも働いているような気分にさせるのがオフィスなのではないか。21世紀の現在においては、スタバでも家でもどこでも仕事そのものはできる。オフィス=企業にとって、問題解決がすべてとするならば、作業はパソコンで行われ、ミーティングはスカイプ(最近はZOOMが質が高い)を使えば良い。

副業解禁は改革じゃない

孫さんによれば、人は5K以上の画質になると、本物と区別ができないらしい。つまり、いまあなたが話している相手は、そこにいない可能性があるのだ。孫さんは、そんなサラリーマン奴隷を解放し、人が人として必要な出会いの場、クリエイティブなリアルな場所を作っていくとのことだ。AIが発展し、人の役割は五感をフルに働かせることに集中すべきと思う。自然に触れる、旅にいく、恋に落ちる、このような人間的な行為こそが、生きていることの意味なのだと思う。100年ともいわれる長い人生の中で、無意味な会議や非効率な作業を、わざわざオフィスに出向いてやることはない。副業解禁などと騒いでいるが、そんなの改革にならない。日本人はこんなにたくさんの分量働いているが、先進諸国の中で最下位の生産性の低さである。

目的のない雑談のために集う

生産という概念が20世紀的な意味しかない時代。つまり、工場でモノを生産する仕事しかない時代においては、オフィスも必要だった。インターネットもなく、みんなが集まらないと情報が効率的に伝達ではない。誰かがリーダーになって、全体を把握しないと無駄が出る。しかし、現在のサプライチェーンは、すべてICTにより管理されており、今後はスマートコネクトの技術により、原材料から流通から販売、そしてコンスーマーまで管理することができ、A Iの活用で加速度的な合理的なカスタマージャーニーがつくりだされるだろう。また、GoogleやFacebookのように、モノを作らないで情報を加工することで成立する企業が成り立つような21世紀には、テクノロジーの進化に対するアウトプットのありようも多様化するに違いない。そんな時代に同じ時刻にぎゅうぎゅう詰の電車にのって、同じメンバーが同じ場所に集まる意味などあるのだろうか?わたしの会社( 株式会社スピーディ)は、ブランド・コンサルティングから仮想通貨、芸能事務所、Webコンテンツ制作まで、幅広く行なっているが、それぞれの人の管理など行なっていない。LINEやZOOMを活用し、意思の伝達を図っている。必要に応じて、懇親的な意味で会う機会はあり、新しいメンバーとのランチや、目的のない雑談などのためにオフィスに集まるようにしている。最新のテクノロジーを活用した人にしかできないクリエイティブな場をつくること、そして、刺激をうけるような人々に会うこと、旅を通じて未知の体験を追求することが究極の働き方改革と信じている。


福田 淳 FUKUDA ATSUSHI
ブランド・コンサルタント
http://tabloid-007.com @fukudadesuga

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