No.195 働き方改革の未来

2018年8月号掲載

「忖度」を説明するのは難しい

以前から、働き改革のコツは、遊び方改革と言ってきた。働かない時間にやることがない、という人が多い。だから、放課後もセットで考えないと、働く時間が減らない。ある有名な和尚さんが「なぜ友引があるか知っていますか?」と訊ねられた。その答えが面白くて、日本人は物事を決めるのが極端に苦手なので、仏滅と大安とか決めておくと行動指針にしやすい。そこで「友引」を決めることでお坊さんの「休暇日」にできるという知恵だったらしい。最初、この話をきいて吹き出してしまった。が、あとから考えると日本人ならではの重大な問題提起を含んでいる。日本人のメンタリティは「個」ではなく「集団」である。それが特攻精神にも反映され、無駄な若者の死を招いたといえるだろう。笑っている場合ではない。「忖度」を外国の友人にロジカルに説明しようとすると、息詰まる。英語の熟練度の問題ではない。「誰かが思うかもしれないことを、先んじてその人のためにやる」と説明すると、友人たちから「ん? その誰かは、思って指令したのか? 」と質問してくる。「いや、思ってもいないかもしれない。その人ならきっとそう思うだろうと思って、思う前にやっちゃうんだよ」「???」となる。「では、その人に聞けばいいではないか」と。日本人は確認するのが苦手だ。あくまで、空気を読もうとする。そして、空気も読めないようでは一人前の社会人といえないのだ。でも、普通に考えたら、空気は空気だから読めるのが不可能なわけで、そんな不可能な社会に生きているのが、我々日本人なのである。「過労死」も同様である。「働きすぎて死ぬ」。外国の人たちは驚く。「無理やり、奴隷のような環境で死においやられたのか?」「いや」「ではなぜ?」と。そりゃそうだろう。上司に言えなくて言えなくて、精神的に追い詰められる。ナチスドイツもびっくりの精神的な追い込みが日常化している。極端な話、死ぬまで言えないのだ。これは法整備や会社のルールだけで解決できるのか、いささか不安になる。

「人は違って当たり前」の価値観

公務員による無数の改ざんや虚偽に関して、安倍首相はこともなげに「わたしは指示していない無関係」と数々の事件を不問に付された。内閣の長期化による権力の増大で、公務員はますます忖度するようになっている。忖度とはそもそも「誰も指示していない」状況で起こるものだ。しかし、「指示していない」絶対の権力を規制したり罰する法律など世界中に存在しない。なぜなら、世界の常識は「あなたが、本人に確認して聞けばいいんじゃない?」だからだ。それが理不尽なら、「嫌だ」と言えば済む。それでも、拉致され殺そうとするなら、それは立派な犯罪になるだろう。すべては、日本人の歴史的なメンタリティからくる悪い出来事なのだ。もちろん、この日本人の忖度こそが日本を成長させていたこともあると思う。しかし、日本がますますグローバル化する世界の一員であろうとすればするほど、人として当たり前の他人との違い、「人は違って当たり前」という価値観を身につけなければ、死に至る残業も、誰も考えなかったようなことを勝手に判断することも、やめることはできない。みなさん、自分の人生は自分の時間なのです。だから、本当はすぐに自由になれるんだよ。


福田 淳 FUKUDA ATSUSHI
ブランド・コンサルタント
http://tabloid-007.com @fukudadesuga

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