月刊「B-maga」 好評連載コラム『考えるメディア』 福田淳

No.192 テクノロジーが引っ張るクリエーション

2018年5月号掲載

クリエイティブとテクノロジー進化はどっちが先か?

クリエイティブとテクノロジーの進化は、どっちが先か? って議論がある。
鶏と卵の関係だ、という人もいるが、どう考えてもテクノロジーが先なのだと思う。
日本では2018年12月にBSおよび110度CSで4K&8K放送が開始される。「ショップチャンネル」も「QVC」も4K放送になる。なぜなら、精緻な画像表現の方が商品、特にジュエリーが売れるからなのだ。
17世紀までは、アート界の巨匠も金持ちの肖像画を数多く描いていた。なぜなら、金持ちのパトロンがクライアントとなり、彼らのアートを支えたからだ。谷町筋というわけである。しかし、その後の写真技術の発明により、肖像画のニーズは一気になくなってしまう。
映画業界も劇場しか存在していない時代があった。映画監督になるためには、松竹や東宝のスタジオで助監督から修行を積まなければならなかった。助監督を20年くらい務めて、初めて監督として一本立ちという、寿司屋の「すきやばし次郎」の卵焼きほどの年季が必要だった。
それが、8mmが出現し、「わたしにも写せます」(富士フィルムのシングルエイトの有名な宣伝文句)の時代が到来した。その後、日本では1980年代に大森一樹(『ヒポクラテスたち』『風の歌を聴け』など)や、森田芳光(『それから』など)など8mmの自主映画出身の映画監督が時代を席巻した。

エンターテイメントの歴史が物語る“エコシステム”

そして、Windows95の登場からパソコンのスペックがどんどん飛躍的に向上し、CG表現が個人の自宅で作れるようになった。一人で造形から、編集、音入れまででき、クリエイティブの世界はどんどん自由度が増すばかりなのである。
つまり、技術革新が先にきて、そのあとクリエーションがついてくる。こういう構造なのだ。「こんなのあったらいいな」から技術が生まれることに変わりはないが、「こんなの」は「表現」ではなく、あくまで「思いつき、発想」に過ぎない。新しい「技術」をクリエイターたちがいじり倒して、そして次のクリエーションが生まれる。そういうエコシステムがエンターテイメントの歴史といってもいいだろう。

VRは“経験”を一般化するメディア

さて、この次にどんな表現が待ち受けているのか。VR技術も面白い。電話が“耳”を一般化させたメディアであるならば、テレビは、“目”を一般化させたメディアだといえる。では、VRは?
VRは、“経験”を一般化させるメディアになるのではないか。あの没入感、再体験は、いまはゲームにだけ応用されているが、例えば、職人の匠の技を再現して後世に残すことができるかもしれない。トップアスリートの体感を練習中の選手が会得できるかもしれない。
ドローンだって、最初は単なる無人兵器だった。それが将来には荷物を自在に運ぶようになるだろう。韓国の平昌オリンピックの開会式では、インテルが1,000台のドローンを使って、夜空に美しいドローンアートを作り出した。そういった、新しい技術から「かもしれない」を考え実現させることがクリエイターの役目なのではないか。


福田 淳 FUKUDA ATSUSHI
ブランド・コンサルタント
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